我が国の減価償却の歴史~「企業会計」2026年1月号~
- 2月6日
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「企業会計」2026年1月号の特集は「企業会計クロニクル 時代が動いた15の潮目」でした。
題名だけみても何のことだかわかりませんが、以下の様な説明がされています。
戦後の80年間、日本の企業会計は、経済構造の変化や法制度改革、国際的な潮流と呼応しながら、その姿を大きく変えてきた。
本特集では、(中略)その中でも15の決定的な潮目となった出来事を掘り下げる。
「15の潮目」とのことですが、そのトップバッターは減価償却でした。
減価償却は費用収益対応原則のもとで、複式簿記導入時から存在するものと勝手に思い込んでいたのですが、どうやらそうではなかったようです。
減価償却(山下修平)
日本に複式簿記が導入された1870年代には、すでに減価償却に類する処理が試みられていたが、政府の指導や命令による側面が大きかった
1918年の、大蔵省内規「固定資産ノ減価償却及時価評価損認否取扱方ノ件」(主秘第177号)は、損金算入を認める初の行政通達となった。同時に「堪久年数表」(現在の耐用年数表)も定められた。
当時は、利益処分により「減価償却積立金」を計上する方法が見られた。利益の多寡や配当方針に応じて変動することも多く、現代的な意味での「正規の減価償却」とは隔たりが大きかった。
1934年に商工省が公表した「財務諸表準則」は、日本で最初の明文化された会計原則とされ、減価償却を利益処分ではなく費用として処理すべきものとしたが、同準則は強制力を持たなかったため、実務ではなお利益処分方式が根強かった
1942年の「会社固定資産償却規則」上は、耐用年数は税法上の耐用年数に統一された。同規則では資本金500万円以上の会社に減価償却が強制され、ここに「正規の減価償却」の制度的起点を見ることができる。
1949年には「企業会計原則」公表され、会計の理論として、明示的に、減価償却は費用の配分と位置付けられた
1960年にはいわゆる「連続意見書」が企業会計審議会により公表され、ここで「正規の減価償却」が求められた。加えて、会計政策に影響を受けてはならないという立場を鮮明にした。
税法では1951年に大蔵省令「固定資産の耐用年数等に関する省令」(1965年に「減価償却資産の耐用年数等に関する省令」と名称変更)が出され、現在までその枠組みが維持されている。これが確定決算主義と相まって、実務上は次第に税法に準拠した処理が一般化していった。
感想
意外と減価償却は制度会計上の歴史が浅いということを初めて知りました。
減価償却の損金算入がないと、特に借入金の約定弁済がキツイと思うのですが、昔はどうしていたのでしょうか。
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